歴史は、称揚されずとも失われることなく、たとえ忘れられてしまえどもそこに在り続ける。
陽をあてずともそれを是とする者はどこからともなく惹きつけられ、その地を訪れ湯に身を浸す。
目次
◆1. 霧島と日当山◆2. 日常と化した歴史
◆3. 西郷どん湯
◆霧島と日当山◆
薩摩の豪傑西郷隆盛の愛した温泉、日当山(ひなたやま)。
後日お世話になったマッサージ店の30余歳と思しき男性が、鹿児島市出身とのことだったので「温泉といえば」と尋ねてみた。
回答は、「指宿か霧島」。
この日当山も、”霧島”に含まれると言えば、確かにそうかもしれない。
紛れも無く立地するのは霧島市内、鹿児島空港から路線バスで20分ほどである。
しかしいわゆる霧島温泉郷からは距離にして20キロ弱。
回答にあった「指宿か霧島」の霧島は、一般論で言えば日当山のある平野部を指したものでは無いであろう。
◆日常と化した歴史◆
“歴史”とは何ぞやと改めて問われると回答に窮する。
“歴史ある”とはいったいナニモノなのか。
日当山は、”歴史ある”温泉であるように私には思える。
かの豪傑西郷隆盛が愛した湯であり、坂本龍馬にも訪問を薦めたと伝わる。
私が日当山の存在を知ったのは元帥・大山巌の伝記にて。
薩摩が誇る大漢が訪れた湯なのであるからそれはそれは華々しく着飾られているのだろうと思えば、そのような試みは微塵もなく。
あったのは、”西郷の崖”なる「湯上りにこの崖の下で西郷隆盛はわらじを編んでいた」という野ざらしの崖がある程度。
“歴史を売ろう”という心が一切見えないのが非常に清々しい。
西郷の訪れていた江戸期に湧いていたのは元湯の一箇所だけで、その当時の元湯に所在し、変わらず当時と同じ湯を引き続けているのが”西郷どん湯”だそう。
◆西郷どん湯◆
しかし、本当に、良くも悪くも”ただの銭湯”である。
入浴料は250円。
インターフォンを押すと、目の前の民宿からおばさまが料金徴収に駆けてこられる。
入口の下駄箱には、朝8時にも関らずサンダルが3足。
男性の脱衣場は外から丸見え。
湯処の窓も解放されており、少なくとも男湯は幾らでも覗き放題(下開きの窓なので、いちおう、意図せずには覗けない、はず…)である。
床はざらざらとしたタイル張り。湯は熱め。
飲泉のコップもあるが、おじ様は湯口からそのまま口元へ湯を運んでいた。
ああ、かけ流しの湯だ。
紛れも無くそう実感させる、伸び伸びとした透明感のある湯質。
5分も浸かれず、湯端の床に胡坐を組み身体を冷ます。
人の出入りに合わせて、男湯も、女湯からも「おはようございます」の声がこだまする。
持ち込みシャンプーの華やかな匂いに現を抜かしつつ、浸かりは冷ましを3往復。
ポカポカするかというとそういう訳でもなく、湯に浸かった実感だけが残る不思議な感覚。
湯質は「炭酸水素塩化物泉」だそう。
塩泉となればポカポカしないはずも無いのだから、風通しの良い湯処で、丁度よく身体が冷めたところで外へと出たのだろう。
薄らぐ記憶の中に、湯船に浸かる頭上をすっと抜けていった、心地の良い秋風を孕みつつ。